Special Issue

トナカイの革と角、ピューターワイヤー(錫糸)を使ってつくる、北欧の先住民サーミ族の刺繍技法の装飾工芸品Duodje(ドゥオッチ)。その技法を取り入れ、スウェーデンから材料を輸入して製作される「YOHEI  NOGUCHI」のオリジナルのアクセサリーは、手工芸のあたたかさと都会的なセンスを兼ね備えた雰囲気が魅力です。セレクトショップやイベントなどで大人気の「YOHEI  NOGUCHI」の作家・野口陽平さんに、お話をうかがいました。
かれん 「YOHEI NOGUCHI」のブランドを立ち上げる前までは、サラリーマンでいらしたんですね。

野口 そうなんです。2017年まではIT企業でプログラミングのエンジニアをしていました。

かれん 30代でジュエリー作家へ、大きな人生の転換ですね。北欧のラップランド地方やロシア北部に暮らすサーミ族のブレスレットを製作しようと思われたのは、そもそもどうしてだったのですか?

野口 学生時代にセレクトショップで販売のアルバイトをしていたのですが、そこでパリのブランド“マリア ルドマン”のサーミ族のブレスレットに出合ったのがはじまりです。繊細な細工なのに力強さがあるブレスレットに心惹かれて、それまでアクセサリーを身につけたことはなかったのですが、これはつけてみたいと思ったんですよね。でも、ヨーロッパのものだとサイズがしっくりしなかったり、民族色が強かったりするので、もう少し、日本人にも馴染むようなデザインとサイズ感になるように、自分でつくろうと思ったのがきっかけです。

かれん そう思われて、独学でつくりはじめられるのがすごいですね。トナカイの革、角、ピューターワイヤーは、スウェーデンから輸入して?
右は実際にスウェーデンの作家さんにコンタクトを取って送られてきたキット一式。 左に並べているのは、野口さんの初期のころの作品。
野口 最初は日本にある材料でつくれないかと思って、牛革を使ったりもしていたのですが、合うものがないし、ピューターワイヤーも売っていなくて。今のようにインスタグラムなどもない時代でしたから、海外のクラフト作家が集まるインターネットサイトを検索して、スウェーデンの作家さんを見つけてコンタクトをとりました。すると、「まずは、これでつくってみたら」と、材料を一式送ってくれたんですよ。しかもタダで。そして、見本のブレスレットを解体して、見よう見まねでつくりはじめました。

かれん 最初は、趣味のようにつくりはじめたのですね。

野口 はい。自分で身につけるためだったり、家族や友人たちにプレンゼントしたりしていました。次はフリーマーケットで、自分の古着などと一緒に並べて売りはじめたんです。僕の学生時代って、千駄ヶ谷の明治公園のフリーマーケットにいる男の人がファッションアイコンのような存在で、そんな自分よりちょっと年上のお兄さんたちが「これって、サーミのブレスレットだよね。かっこいいね」と言って買ってくれたのがすごくうれしかったですね。さらに、クラフトフェアに出品するようになって、陶芸やガラスなどの作家さんたちと出会っていくなかで、自分もものづくりをして生きていこうと思いました。
かれん 現地のサーミ族のブレスレットに比べると、野口さんがつくられるものは、民族的なテイストを抑えて、都会的でモダンです。ファッションアイテムとして取り入れやすいのがいいですよね。ピューターワイヤーの細工が繊細で美しいです。

野口 ありがとうございます。ワイヤーは、96%が錫、4%がシルバーです。昔、サーミの人たちは、シルバーや錫などをトナカイで運ぶ仕事をして生計を立てていたそうです。現地ではシルバーは高級品ですが、錫は、銀に比べて安価で、融点が低く取り扱いやすかったことから、錫を使う文化が生まれたようです。

かれん サーミ族はトナカイと一緒に生活する民族だから、トナカイの革や角などがつかわれるわけですね。サーミの人たちはみなさん、お裁縫仕事のようにブレスレットをつくることができるのでしょうか?

野口 都市部に住む人よりも、ラップランドの奥のほうで暮らす人たちがつくっているみたいです。サーミの人たちにとっては、お守りのようなもので、編み方の文様に意味はないけれども、家族の幸せを祈るものだといわれます。本当は、今年、初めてスウェーデンやラップランドを旅するはずだったのですが、新型コロナの影響で行けなくなってしまって。
右がYOHEI NOGUCHIのサーミブレスレット。奥はピューターワイヤーから型取り、鋳造して作られたシルバーアイテム。
かれん 2020年秋冬のハウス オブ ロータスのコレクションは、サーミの伝統工芸を意識したデザインを取り入れていて、私も、いつか、サーミの人々の民族衣装を見に、ラップランドに行けたら思っています。冬は、サーミの工芸品が集まるウインター・マーケットが開かれるのですよね。夏の白夜の反対で、冬は極夜。ずっと真っ暗でつらいかもしれないけれど。

野口 でも、その空気を味わってみたい気もしますね。

かれん きっとオーロラが見れますし、犬ぞりも冬ならでは。サーミの人に、野口さんがつくったブレスレットを見せたら、びっくりされるでしょうね。

野口 関わってくれている現地の人には、新しい作品ができるたびに「こういうのをつくりました」と送っているのですが、実際にお会いするのが楽しみです。サーミ族のブレスレットは、日本やヨーロッパでは、ファッションに詳しい方がつけるアクセサリーとしてとらえられていて、まだまだ一部の人しか知りません。もっと気軽に、どんな人もつけることができるようなものになってほしいです。サーミのブレスレットをたくさんの人に手にとってもらって、多くの人にサーミの文化を知ってもらうことが、現地の人への恩返しと思っています。

かれん ユニセックスのデザインですし、黒、グレー、白、ベージュで、女性でも男性でも身につけやすいはずです。

野口 ショップによっては、限定カラーでつくったりもしています。
かれん アトリエで、おひとりで一本一本手づくりされていらっしゃるんですね。新しいデザインはどのように生み出していらっしゃるんですか?

野口 デザイン画は描かずに、編みながら考えるんです。最初は、3本のワイヤーを使って。4本だったらこうかな、5本だったらこうかな、と編んでいって編み目を見つつ、考えます。

かれん 女の人は髪を結ぶときに三つ編みをしたことがあるかもしれないけれど、男の人で三つ編みができる人はあまりいないと思いますよ。

野口 作業としては、編み終えたワイヤーをレザーに留めていくのですが、それをわからないように留める作業が、いちばん難しいですね。このアトリエでワークショップもしてみたいです。材料もあまりいらないですし、針とペンチ、糸切りバサミとかがあればできます。そして、ブライダルのリングを制作するときも、このアトリエでお話を聞いて、おふたりだけのオリジナルのデザインを考えることができたら、とも思っています。
かれん 新しい挑戦が続きそうですね。

野口 最近、ピューターワイヤーの文様で、部屋に飾ることができるようなアートピースをつくることもはじめたんです。害獣駆除された日本の鹿の革を使うプロジェクトなど異分野のものづくりをする人と一緒にコラボレーションすることも増えてきました。

かれん ものづくりをされる人たちとの出会いが、いい刺激になっていらっしゃるんでしょうね。

野口 つくっているものも、考え方も違うのですが、ものづくりをする神聖さを感じます。作品に出てくる少しのゆがみや色のムラも、それぞれの作家さんならではの表情で素敵だなと思います。

かれん 野口さんのブレスレットも、身につけていくうちに、ピューターワイヤーやトナカイの革の風合いが経年変化して、自分だけのものになっていく感じが素敵です。

野口 ありがとうございます。時間が経つにつれて新たな輝きも生まれますし、形も手に馴染んでいきます。長く使っていただいて、手仕事ならではの風合いを楽しんでいただけたらうれしいです。
Profile野口陽平
1985年東京生まれ。学生時代のアルバイト先で、北欧のサーミ族のブレスレットDuodje(ドゥオッチ) に出合う。独学で製作を開始。2017年にデザインから製作までを手がけるアクセサリーブランド「YOHEI NOGUHI」をスタート。ブライダルリングの制作やイベント出展、アパレルブランドとのコラボレーションなど、新しい領域にも活動の幅を広げている。

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