Special Issue

ハウス オブ ロータス――蓮の花の家。
私の名前「かれん」に「花蓮」という漢字をあててくださったのは、小学校の担任の先生でした。蓮の花は、私にとって最も身近な花。今から15年前、それまで家族で住んでいた元麻布の洋館にセレクトショップをオープンすることになったときに、自然と「ハウス オブ ロータス」という名前が心に浮かびました。
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写真:雑誌 「ROSALBA」 2009年7月号より抜粋

 ショップを始めることになったのは、なによりも、その古い洋館と出合い、離れがたかったから、というほかにありません。
 当時で築80年は経っていたでしょうか。昭和初期に建てられた美しい洋館に私たち家族は8年間ほど住み、そこで次女と三女が生まれました。そうするうちに、写真家である夫の仕事のこともあり、近くにスタジオを併設した家を新築して引っ越すことになったのです。しかし、私たちが離れてしまうと、古い洋館は建て直しのため壊されてしまうかもしれない……。そうだ、もともと好きだった世界の工芸品やインテリア、アンティークなどを紹介する場所にして家賃を賄うことができれば、維持できるんじゃないかな、と思ったのです。

 
文化出版局 『ミセス』 2002年9月号より抜粋 写真:熊澤 透
お店を経営したこともありませんし、販売の経験もありません。それなのに、誰にも相談せずに、たった一人で「はじめよう」と決めたのですから、今から思えば無謀な気もします。でも、不思議と不安には思わなかったんですよね。もちろん夫には話をしたんですけど「まあ、いいんじゃない」と、さらり(笑)。

 
そうして、ともかく買い付けに行こう、と、飛び立ちました。行き先は、バリ、ベトナム、タイ、中国。資金はそれまでに貯めてきた自分の貯金がすべてです。三女がまだ赤ちゃんでしたから、最初に行ったバリは夫についてきてもらって、家族全員の旅になりました。それまで何度もアジアの国々を旅して、市場やアンティークショップで買い物をしていましたが、初めて販売用に買うわけですから、値段交渉も厳しくなる。商品を輸出輸入する手配や、台帳を作ったり、値段をつけたり、ディスプレイをしたり、接客をしたりと、何もかもが初めての経験でした。


 ショップというよりもほとんどギャラリーのようなマニアックな品揃えでした。チベットのチェスト、パキスタンの椅子、ビルマの漆器、ジャワの籠、アユタヤの壺、イランの敷物、中国の翡翠のかんざし...。フランスやスペインからはレトロな雰囲気のおもちゃを英語でやりとりして直接輸入し、子どもグッズのコーナーをつくったり。モロッコまで足を延ばせなかったのですが、当時はまだ日本に売っていなかったバブーシュをどうしても紹介したくって、モロッコに旅行に行くという友人に「なんで、そんなものがほしいの?」と言われながら買ってきてもらったのも懐かしい思い出です。

 中国の買い付けでは忘れられないエピソードがあります。北京の骨董市場でチベットのアンティークの家具を売っていたのですが、売り場に並んでいたのはほんの数点。「もっとないの?」と尋ねると、店番をしていたチベット族の少年が「ついてきて」と言うのです。少年が乗ったオートバイのあとを、私はタクシーに乗って追いかける。見る見るうちに街から遠ざかり、人けがまったくない辺鄙な倉庫街に誘導され、ある倉庫の敷地内に入ると、ガチャンと門を閉ざされてしまったのです。「これは身ぐるみ剥がされるかも」と不安に身構えていると、目の前の大きな鉄の扉がギギギッとゆっくり開かれ、そこに現れたのはまるで夢のような世界! 扉が開くと、そこには私が大好きなチベットのアンティーク家具が山積みになっていたのでした。キャビネットにローチェスト、読経机……おそらく現実にはホコリだらけで煤けていたことでしょう。でも、私の目にはキラキラと輝く宝の山に見えたのです。

 山岳民族であるミャオ族の織物は、商品を集めている民家に入って、何層にも高く積まれた、これまたホコリだらけのたくさんの布の中から、一枚一枚選び出しました。マラケシュの絨毯屋さんでもまたしかり。倉庫でノミに噛まれながら何百枚の中から美しいラグを探し出したときは、まるで魔法の絨毯を見つけたかのようなよろこびがありました。自分の足で探して、目で見て、物を選ぶ。それは、その後、ハウス オブ ロータスの形態が変わっていっても、いつも基本の指針として私の中にあります。
 根っから物探しが好きなんですよね。幼いころから母に連れられて世界中を旅してきましたが、物に対する好奇心が花開いたのは、高校生のときにユーラシア大陸を飛行機を使わず汽車と船だけで横断した時です。北京からシベリア鉄道でモンゴルを通り抜けモスクワに行き、その後はトルコ、ブルガリア、ギリシャ、イタリアなどを経由してはるばるポルトガルまで、、、たっぷり一ヶ月かかりました。中学生にはアメリカに住んでいたこともあって西洋の文化がかっこいいと思っていたのですが、その旅で完全に好きなもののベクトルが変わりました。ロシアやポルトガルなど各国の民族衣装や手刺繍や民芸品の愛らしいこと!中国で見つけた赤や黄色のキッチュな雑貨に心はときめき、人民服とカンフーシューズにひと目惚れ。襟元にボアがついているカーキ色のミリタリーっぽい人民ロングコートも買い着ていました。周りにそんな格好をしている女の子は誰ひとりいませんでしたけれど。ほら、みんな髪型が聖子ちゃんカットの時代でしたからね(笑)。
そのあとに行ったインドでも、キラキラしたミラーワークやカラフルな布や小物に圧倒されて。20歳で一人暮らしをはじめたころには、部屋の中は異国の品々でいっぱいでした。そこに花を飾って……。このころにはもう自分の好きな世界が確立していたといえます。
 さて、その後、「ハウス オブ ロータス」は、年に一度、商品を取り扱う国を、バリ、インド、モロッコ、北欧と変えながら一年の間に3週間から1か月間だけオープンして、イベントのような形で2010年まで続きました。そうして3年間、頑張って維持しましたが、やはり洋館が売却と共に取り壊されることになって、一度、解散しようとしたときに、伊勢丹からポップアップショップのお話をいただいて。百貨店での販売は、お客さまのニーズを反映して、オリジナルの洋服を増やしたり、それまでにない経験ができました。さらに、事業を手伝ってくださる会社が見つかり、広尾に初の路面店をオープンしたのが、2013年秋のこと。2016年2月で広尾をクローズして、新たな展開に向けて1年間の準備期間に入りました。そうして、いよいよ2017年3月に、二子玉川にある、玉川高島屋に「ハウス オブ ロータス 二子玉川店」がオープンします。
 ただ、ひたすらに「好き」という気持ちに突き動かされてきた気がします。経営や人事など最初は本当にわからないことだらけで、今でも数字は大の苦手(笑)!でも、行動しながら少しずつ見えてくるものがありました。つくった“場”が、人生と同じように、自分や周りの環境によって柔らかに変化していく楽しさも知り――。今、また新たな「ハウス オブ ロータス」の蕾が花開くのが楽しみです。

 これまでと変わらず、私が実際に世界中を旅してワクワクしながら物集めをしているので、ショップを訪れてくださった方にも、その気持ちが伝わるとうれしいです。洋服も小物もインテリアも愛着のあるものばかり。気に入ってくださった方にとって、なにかしらの暮らしの彩りになればと願いつつ、私はまた旅の空の下、新たな宝探しに出かけます。